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責任とは?
[ 20] 気になる安倍首相の「訪朝説」:イザ!
[引用サイト] http://seiron.iza.ne.jp/blog/entry/187537/allcmt/
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ココログの軒を借りて30万アクセスの好評を博した正論ブログが、母屋・産経新聞グループ「iza」で再スタート!みなさまご贔屓に! 毎号、鋭い視点と的確な分析、そして大胆な提言で保守論壇をリードするスリリングな月刊誌。大手メディアの偏向報道に立ち向かい、中国・台湾・韓国・北朝鮮ウオッチングに定評がある、知を楽しむ人のオピニオン誌です。 「安倍首相の支持率が下がっている今こそ、『本来の道』をアピールすべきじゃないか」。会社のどっからかそんな声が聞こえてきた。支持率が下がっているのは年金問題の不手際や松岡農相の自殺などが原因であり、安倍首相が訴えてきた教育再生や憲法改正、安全保障の問題が否定されたわけじゃない。だからこそ、いまこそ、そういう訴えをすべきじゃないか、というのだ。私もそう思う。 そうした中、永田町ではいま、またぞろ安倍首相の訪朝説が囁かれだした。参議院選前の起死回生の一発として、拉致問題の一定の前進が求められ、そのために安倍首相が訪朝するというシナリオである。 ちょっと待ってほしい。それが本当なら、あまりにも「小手先」じゃないか。安倍首相「本来の道」とは程遠いものだ。私は、こういう話は「為にする話」ではないかと思っている。中国や韓国、北朝鮮が流しているに違いないのだ。安倍首相も有権者も決して惑わされてはいけない。いまこそ、王道を行け! 全くけしからんことです。 安倍首相には、統一教会・世界勝共連合とのつながりなど、様々な情報攻撃も加えられております。 かつて韓国が反共防波堤として日本の役にたってくれていた時代なら、勝共連合とのつながりも考えられなくはありませんが、今では統一教会も北朝鮮に接触し、アメリカで在米韓国人社会を根城に慰安婦決議採択運動など、反日活動に精を出している連中です。訪朝の情報も、安倍首相に対する国民の信頼を傷つけようとするデマでしょう。 こんな情報にいちいち惑わされず、首相就任以前からの所論である、日本再生・拉致被害者救出に邁進してほしいものです。 色々な問題が噴出し、安倍首相も大変であるとは考えるが、しかし返す返すも残念なのは、やはり造反議員の復党の件が大きく支持率を下げてしまった事にあり、多くの無党派層が安倍首相の裏切りに憤慨した事にある。野党のていたらくでは政治改革は出来ない。その為「自民党をぶっ壊す」しか方法が無かった。が、安倍政権に代わって数ヶ月の間で、もとの古い政治体質に戻ってしまった。その後の問題は復党問題には直接の関係は無いが、しかし何れも旧態然とした政治体質的な問題であった為、全てが復党問題と一直線に繋がってしまった。教育再生についても安倍首相の云っている事は古いスタイルな為、おそらく実際の現場では何も変わらないものと考える。いや、これまで以上悪化して行くのではないのだろうか。おじさん達に丸め込まれたのだろうが、全く残念である。おそらく選挙は大敗するのではないのだろうか。またその方が良いのかもしれないと、最近はそう思う様になって来た。 もし、拉致問題を利用しようとしたのならそれこそ逆効果で有り野党に利益を与えかねませんなあ。こういう時だからこそ拉致問題関連は慎重な態度が求められる事で有りましょう。 始めまして北は拉致問題は金氏にとっては最後の綱なんでしょうこれは北が露中米の圧力に悲鳴を上げたときに最後に日本に救いを求める時の唯一の切り札なんじゃないですか政治は冷酷です現実に拉致家族に準ずる生活水準の日本国民が大勢居ます数十万人単位で拉致の問題も含め国際政治とはなにか国家とは何かを徹底的に冷徹に考える事を怠ってきた日本のツケが回ってきているのです、それはたったこの半年で米国に対する態度をコロッと変えている自称右翼の方達の世界観の無さにも通じます米国のスタイルは基本的に70年近く何も変わっていないのです左翼の愚かさは言うまでも無いけど、新聞屋さんはよっぽど腹を据えて世界がどのように変化しようとしているのかを追及しないと亡国の徒になってしまいませんか? 勇ましいことを言いたいのは判るけど現在の日本は徹底したリアリズムでなければ乗り越えられません。ここでいうリアリズムとは現実を徹底的に事実群としてとらえその方向性とシュミレーションの評価を続ける姿勢です・・野党がどうのこうのではなくて日本が世界の中心アジアの時代にとるべき基本的ポリシーの提示を感情論を排除して提案するくらいの気概を持っていただきたいものです。時代の感情に阿る事無く真に国家の在りようを求め闘う姿勢のないメディアに明日はありません・・・ このブログは更新もされずに放って置かれっぱなしになっているがコメントも既に新鮮さが薄れ、干涸びたミイラ状態になっている。編集者の方も色々忙しいのだろうが、しかし産経とあろうものが少々みっともないのではないのだろうか。まあ、私の様なものがコメントするため嫌になっているのかもしれないがやる気が無いのなら閉鎖をしたらどうなのだろうか?それとトラックバック欄が文字化け起こしているが、どうなっているんだろうか? To jaramuさん 本当に申し訳ありません。今後ともよろしくお願いします。7月は正論と別冊正論の2冊つくって皆忙しく、8月は大日本印刷がお盆休みに入ってしまう前に今のうち・・・とすでにピーク、といった状態で本当に申し訳なく思います。今後ともよろしくお願いします。雑誌の感想などは、都度担当者に伝えるようにしております。双方向のインターネットを生かせず申し訳ありません。牛田 |
[ 21] 文化・<貧困>は自己責任ではない
[引用サイト] http://www.news.janjan.jp/culture/0711/0711226058/1.php
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11月19日午後6時30分から、東京都杉並区の阿佐ヶ谷市民講座実行委員会主催で湯浅誠さん(以下、私)の講演会が行われました。演題は「<貧困>は自己責任ではない」です。 11月19日午後6時30分から、東京都杉並区の阿佐ヶ谷市民講座実行委員会主催で湯浅誠さん(以下、私)の講演会が行われました。演題は「<貧困>は自己責任ではない」です。湯浅さんはNPO法人自立生活サポートセンターもやい・事務局長です。筆者は以前杉並区にある児童養護施設(親と暮らせない子どもたちの施設)で学習指導ボランティアとして活動していましたが、湯浅さんはそのサークルの代表を務めていたこともあります。 どういう切り口でお話ししようかと考えたのですが、ネットカフェを取り上げます。みなさん、「ネットカフェ難民」という言葉はご存じだと思います。「ネットカフェ難民」という報道は1年くらい前からだと思いますが、初めて相談に来たのは4年前でした。その時、新聞に「取り上げてほしい」と頼んだのですが、記事にしてくれませんでした。去年の秋以降、社会的に注目されるようになり、ようやく記事にしてくれる人が出てきました。ネットカフェに7年住んでいる人を2人知っていますから、2000年位から住み始めたんですね。ちょうどネットカフェが24時間営業を始めたころからです。10年以上家がない人が3割を占めています。日雇いを転々としている人たちの層と重なっており、若い人も中高年もいます。 日本には2つの神話があったと思います。1つ目は働いていれば食っていける、2つ目は親がいるなら頼れるはずだというものです。「いやならもっとまともな仕事につけば」「くだらない意地を張ってないで親に頼れ」ということです。それは今どうなっているでしょうか? ここである例を話します。彼は自分では「このままでいい」と言っているので、人に連れられて相談に来ました。34歳で7年間そうやって暮らしています。はじめはフルキャストという派遣会社でスーパーアリーナの設営の仕事を固定でやっており、月12万の収入がありました。ところがフルキャストアドバンスという子会社に転籍になってから収入が8万に落ちました。暮らしていけないので他にもいろいろと登録したのですが、アリーナの仕事が固定されていて断れないので、仕事がだぶれば断らざるをえず、そのうち仕事が回ってこなくなりました。8万の仕事にしがみつかなければならない状況で、ネットカフェに毎日は泊まれないので週に3日だけ泊まって、後の日は、夜は凍死しないように起きて町を歩き、始発の電車に乗って睡眠を取るのです。彼に「生活保護しかない」と提案すると固辞します。「ずっとこのままでいいのですか?」と聞くと、「いや、もっと安定した仕事に就きたい」と言います。「このままでハローワークに通う体力・気力があるか?」と聞くと、「確かにない」と答えました。生活保護も一生受けるわけではなく、仕事を見つける間だけと説得し、生活保護の申請をしてアパートを借りました。この人の場合はうまくいきすぎた位で、2ヶ月で警備の仕事をみつけることができて、生保を廃止しました。 私も派遣会社のエム・クルーで日雇い派遣の仕事をやってみました。倒産したサウナを壊した所からガレキを運ぶ仕事でした。日当は7700円です。朝5時半に出て、帰宅したのは8時半です。15時間かかっています。1日の収支計算をしてみると、交通費や食費などに1960円かかり、残りは5840円でした。もしレストボックスに泊まれば1880円、朝食・夕食に1000円として、仕事道具(軍手・カッター・安全靴・ヘルメット等)は自弁なので、手元には1000円か2000円位しか残りません。基本的に皆さんまじめな人なので、食費を切り詰めてお金をためようとしますが、腰を痛め仕事に行けなくなり、健康保険がなくて病院に行けないので、薬を買ったりしてためたお金が減り、結局アパート代をためられないのです。今まで自分でお金をためてアパートに入った人に会ったことはありません。 厚労省が2007年8月に行った調査によると、「ネットカフェ難民」の平均月収は10万7000円で手元に残るお金は10000円、雇用保険未加入が30%、国民健康保険未加入が73%、借金が30%あります。 借金といえばギャンブルか娯楽と思われていますが、彼らの借金の原因は病気、失業など生活苦なのです。生活が回っていかないから借金をすることになるのであって、借金は日雇い派遣のもたらす結果なのです。寮付きの工場で働けばいいと思われるかもしれませんが、実際は逆です。彼らは寮付きの工場でだめだった人たちなのです。 親に頼ればいいと言われても、母子家庭が多いし、親がホームレスという場合もあります。私は19歳から児童養護施設の学習指導ボランティアをやっていましたが、普通高校に入るのは5年に1人しかいませんでした。(筆者注:児童養護施設の子どもたちは親には頼れず、家庭で育った子どもに比べ非常に未熟なまま中卒・高卒で働き始め、仕事を転々とし、住む場所もなくなり、行方知れずになってしまう場合が少なくない)。 「ネットカフェ難民」で親に相談できると答えたのはたった2.7%で、42.2%は相談できる人がいないと言っています。貧困は将来の不安として語られていますが、現在実際に起こっていることで、貧困の連鎖が大きな問題です。現在生活保護を受けている人の親は4人に1人は生保を受けており、母子世帯ではその割合は4割に上ります。 「もっと勉強しておけばよかった」「資格を取っておけばよかった」と言われるかもしれませんが、彼らの学歴は中卒が2割で高卒以下が8割を占めます。現在、日本全体では97%か98%は高校に行っています。残りの2%に不利益が集中しているのです。「働いていれば食っていける」「親がいるなら頼れるはずだ」という2つの神話は今の社会では崩れてきています。 どういう人が貧困まで行ってしまうのでしょうか。貧困者は5つの排除にさらされます。教育、企業福祉、家族福祉、公的福祉、自暴自棄になってしまった自分自身です。日本の戦後を何が支えたのかというと、企業と家族です。公的福祉がまともに機能したことはありません。企業は終身雇用で、住宅問題にしても会社の寮からアパートへ、一軒家へと企業の保障があったので、政府の住宅政策の貧困さが表に出てくることはありませんでした。家族福祉の一例でいえば、結婚前は父の収入で、結婚後は夫の収入で暮らす女性が多くいたのです。今は若い人たちがポッと社会に出て、企業や家族が守ってくれないのですから貧困になるのは当然です。若い人たちは生保を受ける方法も知らないし、サラ金についても教わっていない、丸裸で隙だらけです。そうならない人が多いから貧困は自己責任みたいに思われていますが、彼らは貧困になって当然です。 日本にはセーフティネットが3層ありますが、みんなボロボロです。まず、失業手当ですが、以前は80%の人が受けていましたが、今では二十数%に落ちています。国民健康保険は保険料を滞納し、資格証になって10割負担です。35万人が医療を受ける機会を奪われ、29人が死亡しています。最後の生活保護ですが、行っても追い返されるのです。これを「滑り台社会」と呼んでいます。一度転んだら最後、底まで行ってしまうのです。第4のセーフティネットが刑務所です。法務総合研究所の調査では、65歳以上の約7割がお金に困って再犯し、刑務所に戻っています。神社の賽銭箱から150円盗った人もいます。法務総合研究所は「再犯の背景は経済的に不安定なことなど。司法の枠を超えた対策が必要だ」と指摘しています。 さて、これに対して何ができるかですが、政策レベルでは財源が問題にされます。日本のGDPはドイツ+イギリス+デンマークの3国分もあるのに社会保障支出額はGDP比17.5%で、EU平均の26.2%に8%も及びません。EU平均並みにするにはあと43兆円必要です。拉致被害者の100家族に100億円を使うことについて、「そんな金はどこにあるの?」と言った人はいません。高額所得者の所得税が減税されましたが、そこに財源論は出てきません。母子家庭や弱者が使う時に限って「そんなお金、どこにあるの?」と言うのです。政治家は財布のひもを握っていて、お金の配分をできる権限も持っています。自分はここには出さないと決めています。自分は議員年金をもらうのに。 個人レベルではまず、ご自分の家庭の最低生活費を知りましょう。これをほとんど誰も知らないんですね。つまり憲法25条を知らないということです。東京都の最低賃金は20円上がって739円です。最低賃金には関心があっても最低生活費を知らず、厚労省が生活保護より低い賃金で暮らしている人もいるんだから生保を減らそうとしていることに対しては、「自分は関係ない」と思っている人が多いです。ところが、このことは我々の生活に直結しているのです。4点問題があります。 1.生保の収入が減っています。すでに老齢加算、母子加算が削られ15%減りました。今回全体を減らそうとしています。最低所得で暮らしている人の所得より生保の方が高いから減らそうとしています。最低所得の人というのは3人世帯で教育費が月740円しかないのです。60歳以上の一人世帯では食費は月22000円で、一食200円ということになります。生保がその人たちの所得に比べて高いから減らそうというのです。本来、そちらを引き上げるべきです。 2.就学援助を受けている世帯の4分の1の世帯が生保の1.1倍から1.3倍の収入で暮らしています。生保が下がれば、就学援助の水準も下がり、都立高の減免も下がります。生保と連動して水準が下がるとお金を払わなければならなくなり、医療難民、介護難民が進み、少子高齢化がますます進みます。厚労省が少子高齢化を推進しているのです。そうしておいて消費実態調査をして、またそれが下がっていれば、さらに生保を下げます。これを「貧困化のスパイラル」と呼んでいます。 3.生保が下がると生保より低い人が最低生活基準をクリアしたことになり、国は責任を取らなくてよくなります。生保基準の引き下げは大きな問題なのに、多くの人は自分たちの問題ととらえていません。 4.国は最低生活費について国民に知らせていません。広報に生保の金額の計算方法が載ったことがありません。「知らしめず、寄らしめず」は江戸時代のことです。まずは自分の家庭のその金額を知りましょう。 社会的レベルのこととして、労組の再生があります。グッドウィルユニオンは、不当天引きである「データ装備費」全額返還を求めて裁判を起こしました。エム・クルーユニオンは、不当天引き分を1回の交渉で会社側に「返す」と言わせました。これは申し開きをしようがないので認めざるを得ないのです。こんな違法行為を今まで誰も指摘しなかったのでしょうか? ひとりで言ってもダメだったが、組合を作って言ったら認めました。日雇い派遣会社は次々と不当天引き分の返還を認めてきています。派遣ユニオン、ガテン系連帯、フリーター労組などが立ち上がっており、労働におけるセーフティネットを張りなおそうとしています。 北九州市では生保が受けられずに3年連続で餓死者が出ました。2005年にはあまり取り上げられませんでしたが、2006年には大きな反響があり、なんとかしなくちゃという人が現れました。今年7月に亡くなった人については対策会議で検証しました。一部屋根が崩れ、壁も落ち、ガラスもない吹きさらしの家に住んでいました。この人については北九州市を刑事告発しました。 北九州市では、生保にかける予算は年間300億円と決め、それ以上は絶対に出さないということで、毎月の数値を市長に報告していました。面接は係長級の面接主査が行い、人事異動評価のひとつとしていたのです。こういうやり方が全国的になってきています。 社会保障のネットとして反貧困助け合いネットを立ち上げました。月300円積み立てて、給与補償として10000円、無利子貸付で10000円、計20000円を貸します。生活を立て直せる金額ではないのですが、それだけのお金がどこからも出てこない。わずか1万、2万を貸してくれるのはサラ金だけなのです。サラ金は10万貸してくれと言えば、50万貸して多重債務に追い込みます。この程度の助け合いすら世の中にはないのです。 6か月積み立てて1800円、それで2万円を貸したらまわらないだろうと言われますが、まわると思っています。自分は借りないという人にも支援的な意味で入ってもらって、ワーキングプア同士かつ社会全体の助け合いとしたいと思っています。 「もやい」は何百人のアパートの保証人になっています。そんなことをしていたら大変なことになるぞと言われましたが、95%はちゃんと生活しています。低所得者に対する偏見があるのです。「あうん」は自分たちで仕事を作ろうということで、便利屋・リサイクルショップをやっています。 児童虐待と貧困はつながっており、虐待の家庭には生活保障が必要です。DVで母子家庭になって、パートになって、クビになり、生活保護を拒否されて、多重債務になって……というと行政は縦割りなので、全体を見ることができません。我々もその点、気をつけなければなりません。(胸のバッジを指して)これはおばけの「ヒンキー」です。貧困はあるのにないと思われています。つまり「おばけ」です。世の中の人が関心を持ってくれれば、「ヒンキー」は成仏してくれると思っています。 一言で言えばグローバリゼーションでしょう。95年に経団連が新時代の日本的経営という方針を出しました。雇用を、長期技能蓄積型(終身雇用)、技能活用型(IT技術などの派遣)、雇用柔軟型(いつでも使い捨てられ、便利に使える雇用)に分けるものでした。80年代に円高バブルで外国人労働者が入ってきて、フィリピン、イラン、バングラと閉めたり開けたりして単純労働力を得ていましたが、最終的に外国に頼るのはやめ日本の若者にやってもらおうとなって、それ以降その通りに進んでいます。大企業が生き残るには人件費切り下げしかないとし、自己責任論を免罪しました。日本社会が生き残るにはこれしかないとし、社員の面倒をみるのは会社の責任ではないとしました。 また、地方への大型店の進出によって、地方商店街がシャッター通り化し、昔ならそこに吸収されていた若者がフリーターとして漂流し始めました。地方の商店街は地域コミュニティの入り口でもあり、一種の企業福祉が行われていましたが、それが失われました。こういうことがいろんなレベルで起こってきたと思います。 対策ですが、当り前の福祉国家をめざすしかないと思います。私は正規雇用の復帰は必ずしも望ましくないのではないかと考えています。日本は賃金依存度が高く、社会保障が弱い社会です。働いた賃金がたくさんないと生活が回らない。収入はそんなになくても社会保障でやっていけるというのが望ましいと思います。どこかで何かしらの歯止めにひっかかるのが福祉社会というものです。 これが結構細かいランクに分かれていて複雑なのです。日本全国を6つのエリアに分けて基本額を設定しています。世帯の人数によって、また、年齢によっても違います。私は23区に38歳で一人暮らしをしていますが、その場合は137400円です。医療費はただです。私の本『貧困襲来』にソフトがついていますが、「もやい」のHPにもありますので自由に使ってください。 エム・クルーとの折衝で解決したのは不当天引き分の500円だけです。建設現場に派遣労働者を派遣することは今でも禁止されているのに、「請負」と偽装して派遣しています。私が派遣された現場は初めてで私一人で、そこで業務を請け負ってるという理屈はどうしても無理なのに、「問題ない」と言い張っています。エム・クルーはたいして大きな会社ではないので、行政指導が入ったらつぶれる可能性もあり、そうなると働いている人はどうなるか? そう考えると難しい面もあります。 派遣法を99年以前に戻そうという運動もあります。民主党が徐々に案を作っています。派遣法の規制法案を出したいということと、偽装請負を合法化してしまえという勢力と、民主党、自民党がどう動くかによって、どうなるかわかりません。結局やれることをやれるようにやるしかないと思っています。 名前はあえて言わぬが厚労相にはがっかりした。生活保護支給を抑えるのだって。最低生活者の基準よりも高いのだって。本末転倒だ。あの人はこの間の年金問題でも最後の一人まで明らかにすると言ってみたり泥棒は牢屋に入ってもらわなければばらないと言ったりハッタリ屋だ。もっとも政治家にはこういうタイプが多いのも事実だが渡辺記者のレポートを拝見して政治の貧困を思っています。小生は労働現場から今は定年して憚りながら年金生活者で暮らしています。大きなことは言えませんがひと昔前の三軒両隣、助け合って生きていた時代が懐かしく思います。政治は人によって変ります。為政をつかさどる彼らを選ぶのは我々です。貧困を少しでも無くしたい。そういう政治の根本を正したい。犬の遠吠えではなく選挙で行動を示さねばならないと思っています。 渡辺さんの記事の本題とはずれてしまうことはお許しください。及川さんのご意見は、路上生活者の多くの怒りと悲しみを持っていること。人々の自己表現は多様であること、ジミィ・ツトム・ミリキタニさんの場合は、路上生活の選択とそこにおける絵画表現が日系人強制収容所の経験を通じた怒りの表現であること。そういう趣旨だと思います。しかし実際は路上生活と日系人収容所経験は関係が無く、前者は個人的事情であり、たまたまそこでの絵画表現に日系人収容所時代の怒りの投影が見られるということにすぎにのではないのでしょうか。もしミリキタニさん自身が自分の路上生活を、収容所経験のせいと思っているのなら、それは彼の自分の人生の個人的な解釈でしょう。いずれにせよ私は路上生活と日系人収容所経験を関連付けてみているような及川さんの表現に大きな違和感があります。その理由を以下で説明します。 第二次大戦後の日系アメリカ人の生活は戦いでした。天皇(日本)への不忠誠とアメリカへの忠誠を誓って収容所を出、米兵となった日系人の多くは死に、かえってきたものの多くも不具者になったり傷ついていました。特にヨーロッパ戦線では日系人名誉回復のために、日系人師団はあえて危険な役割をかって出ました。ドイツ軍に完全包囲され死を待つばかりのテキサス連隊救済のため、包囲網を突破しテキサス連隊を救ったのも日系人部隊でしたが救ったテキサス連隊よりはるかに多くの死者を出しました。そうして戦い傷ついて帰ってきても、家も財産も奪われたまま、そして日系人差別のあるままでした。一方天皇への不忠誠もアメリカ軍への忠誠も拒否し、米兵とならなかったNO、NO,BOYといわれた日系二世も一世とは違いアメリカ生まれのアメリカ人であり、拒否の主な理由は米国国籍をもつ自分たちの家や財産を奪い収容所に送った米国政府への抗議でした。戦後収容所を出て、米兵となって戦い傷ついて帰ってきた日系人仲間(彼らの多くは兄弟であり親戚でした)を迎えた時、彼らは戦わなかった自分たちに深い負い目を感じ、収容所内での参戦派との対立を水に流し、戦後はアメリカにおけるに日系人地位と名誉の向上のために自分たちも共に力を尽くそうと決意したのでした。NO,NO、BOYたちは財産を奪われただけで無く、退役軍人奨学金による教育の道もなく、収容所であるため就職の道もより閉ざされていたたにもかかわらず、技術資格などを取ることなど社会参加の道を積極的に探ったのです。そして日系人たちはお互いに密な関係をとりながらも、戦前のように自分たちだけで固まることによる他者の偏見を無くすため、より社会に広く出て行きました。その結果戦後20−30年で日系アメリカ人は、その強いアメリカ社会同化指向のため、戦後は一方でモデル・マイニョリティー(模範的少数民族)とアメリカのエリートたちから見られ、他方でバナナ(外見は黄色で中身は白)などと他の少数民族にさげすまれながらも、差別や艱難に耐え、アメリカ社会における「名誉ある位置」を求め、それを確立してきたのです。日系米兵として戦って不具者となり上院議員となったハワイ州のダニエル・イノウエ上院議員はその象徴でもありました。勿論その間日系人強制収容所の不当さを訴え当時のアメリカ政府のこの決断を重大な人権侵害であったことを法的に認めさせようと言う戦いもして来ました。私が戦後の日系人の歴史は日本の戦後の経済復興にも匹敵するといいましたが、多民族国家での差別のもとでのこの静かな戦いは、怒りを抑え不当な扱いに耐え、模範的に振舞うことすら白人同化指向とマイニョリティーに揶揄されながら、何が自分たちにとって建設的な道かを常に探ろうとしたことであり(大勢としての姿勢です、個人的には例外はいくらでもあるでしょう)心理的にはより大変なものであったといえると思います。 私が言いたかったのは、だから路上生活を、安易に日系強制収容所経験と結び付けて欲しくないということです。誤解を避けるために言うと、路上生活について社会に責任が無く、個人の責任だといっているのではありません。現在の日本社会の貧困問題や格差社会問題は別に議論する必要があります。でも過去に何か辛い経験をした、それは程度の差こそあれ、多くの人が持っています。その中には社会的に貧困になったり路上生活者になったりする人もいるでしょう。だからといって、多くの人たちは自分たちの悲惨な現在を、その辛い経験のせいであるとはいわないし、また大変失礼ですが及川さんのような優しい方にこんな辛い目に会ったからこんな風になったのね、などと同情の目で見られたくもないと思います。 路上生活をしている人たちの多くは、計り知れない怒り、悲しみをもっています。両親を広島の原爆で亡くし、自分自身は収容所にて強制的にパスポートをアメリカに返還させられたジミィ ツトム ミリキタニさんの場合は、アメリカ政府に対して大きな憤慨をもっていました。そのミリキタニさんの怒りや悲しみは、多くの日系人が共有します。ただし、その怒りがどのような形で現れるかは個人の個性にゆだねられるかと思います。私は、以前カリフォルニアに住んでいた際にマンザニータ収容所、トゥールレイク収容所を尋ね、収容所時代の話を数人の日系人から聞いた事があります。 とても興味深かったです。 「The Cat of Mirikitani」はPBSで放送されたようですので、再放送があるかもしれません地元PBSをチェックされては? 私は荻窪にある西田小学校を卒業しました。もうはるか昔の話です。でも杉並は懐かしく、杉並の教科書問題の記事は関心を持って読ませていただいています。とても大切な問題ですから。仕事で日本にちょくちょく行くのですが、時間の合間に仕事関係でない人に日本社会で起こりつつあることの話しを聞く機会を持つよう努めています。今日本社会は色々な意味で大きく変わりつつあると思います、多くの人々にとって良い方向に変わることに向けて、在米なので微々たるものですがJANJANでの記者対話も含めて日本の市民参加できればと思っています。まだ暫く仕事が現役なので自由な時間が少ないのですが。 ご感想、どうもありがとうございます。別記事でもいろいろとご意見をいただき、大変参考になります。荻窪に住んでいらしたとは、世間は狭いですね。その杉並が「つくる会」教科書を使っています。山田宏区長一人の偏った思想のために、杉並区の教育は全国で最も早く「戦前」に近づく一方です。 日本社会はあれよあれよという間にここまで悲惨な状況になってしまいました。立て直すのは大変でしょうが、湯浅さんたちを見ていると、決して悲観することはないと思えます。私は早期退職し労働現場からは離れましたが、若い人たちに習って、できることをやり続けたいと思っています。 わが国の医療制度などはアメリカに比べはるかに平等主義的です。健康や安全などのセイフティーネットの問題は平等主義的であるべきと思います。でも富や収入の分配はどうでしょうか。及川さんが書いた「激しい競争社会の中、サバイバル技術や情報を知らない人、生まれた時から恵まれない環境にある人, などの貧困の原因があります」と言う言葉ですが、これはそのとおりです。生まれた環境などのハンディによって、学歴や受ける教育の質や、職業機会や、サバイバル技術や情報に不平等をもたらすこと。これを社会は根絶しようとすべきです。でもそれは社会的機会の平等の問題で、結果の平等(富の再配分)の問題ではない。かりにもし、収入を平等化しようとしたら、優秀な人は外資系企業に移ってしまいます。人々良い仕事をしようする意欲の問題があり、それに仕事の内容に見合った報酬を考えるべきと言う考えを軽視して、結果の平等化を行うことは問題です。極端に言えば皆が同じになる社会には夢も希望も無いと思いますが。もちろんある程度の累進課税など再分配は必要ですが、それは社会保障や福祉への貢献を収入の多いものに多少多くになってもらうと意図だと思います。貧困問題を考えるとき、それを結果の平等の増大に結び付けようとすることは、政策の賛成者を減らし貧困解消実現の可能性をかえって遠ざけると思うのですが。 日系アメリカ人ですが”No、No、Boy(米国のために戦わない、日本軍と戦わない)”となって収容所のとどまった人、軍隊に応募することで収容所を出でそののち日系人の名誉回復に貢献した人、様々ですがみな一様に日系人収容所の不当さ当時のトルーマン大統領はじめ政府の行動には怒りを持っています。長年裁判でその不当性を訴え、最終的に米国政府もその非を認めたことはご存知と思います、でも怒りと路上生活を結びつけるのは短絡であり多くの日系人には侮辱ともなりかねないのではないでしょうか? 蓄積した財産も何もかも奪われた日系人の多くは、第二次大戦後、戦前のように自分たちで固まらず、多くの米国人と交わり良い仕事し、コミュニティーにも貢献することで、地位を得、信用を得てきました。戦後のスタートラインの経済的・社会的ハンディーを考えると、日本の戦後の復興にも匹敵する大変な努力の結果です。 貧困は個人の責任で無く、社会の責任であることは事実です。ですが、それは個人の努力が重要であり、だから努力する個人を大切にする社会であるべきだ、またあらゆる人に潜在的に持っている能力を引き出すことのできる社会であるべきだ、若者が夢や希望の持てる社会であるべきだということで、貧困の解決に富や収入の再分配を目的とすべきではなく、再分配はあくまで行き過ぎた不平等や格差の是正の問題、福祉の問題、だと思います。 この記事を読んだ晩、偶然に「ミリキタ二さんのねこ」と題するドキュメンタリー映画を観てきました。 ミリキタニさんはアメリカで生まれた日本人で、ニューヨークのホームレスの絵描きです。ホームレス問題を主題にしていますが、だんだん彼の心の中にあるものが表面に出てくると、それは第二次世界大戦中, アメリカ政府の日本人に対する仕打ちに対する, どうしようもない大きな怒りだとわかりました。 財産を没収され、3年のバラック造りの強制収容所後、売られる様に大農場の下働きをし、兄弟とは行方知れずになってしまった彼にどれだけの希望があったでしょうか? 多くの路上生活者は, 家族と離れてしまい希望をなくした人々や、大きな心傷を負ってしまう様な経験のある人、激しい競争社会の中、サバイバル技術や情報を知らない人、生まれた時から恵まれない環境にある人, などの貧困の原因があります。そして一人一人の人生の物語をもっています。 ひとからげにして貧困者、だめな人たちと蔑むのは、自分の力ではなく、生まれながらにしてある自分の恵まれた環境を当然のものと考えるからで、人間皆平等の意識を失っているのだと思います。 あるものがさらにある様になり、ないものはさらにない様になる経済構造、富めるものと貧乏とのギャップがさらに大きくなり、貧困から抜け出す事ができない状況は決して個人の責任ではなく社会の責任です。 約30年前は、日本は世界で一番貧富のギャップが小さい国で、アメリカなどを横目で観ながら、これが私たち日本人の誇りだと思っていたものでした。そしてその後、福祉も他の先進国と比べて見ると勝る点も認められました。現在はこれは覆られてしまいました。 社会福祉を向上させるのも大事ですが、貧困を生まない、より平等な冨の分配をする経済構造に移行して行かなければならないと思います。 渡辺記者。これもいい記事ですね。以前貴女の記事の言葉尻を捉えて批判したことは(あの時は実際腹が立ったのですが)短絡的だったと反省しています。こういうレポートをこれからもお願いします。 記事を読んで、湯浅さんの話しを聞いてみたいと思いました。今はアメリカ在住ですが、昔荻窪に住んでいたし、阿佐ヶ谷という地名も懐かしいです。湯浅さんが貧困の原因がグローバライゼーシオンに対する企業の対応のせいだと考えているのは、正しいように思います。格差や貧困は規制緩和や市場化のせいだという(その意味で小泉・竹中批判をする)人も多いようですが、因果関係はグローバライぜーションの影響ほどはっきりしていないように思えるからです。もちろん規制緩和のせいで倒産した小企業は確かに多いでしょうが、起業できた人もいるし。より大きな問題は非正規雇用の拡大と、関連するワーキングプアの問題だと思います。 貧困問題ですが、崩れているセーフティーネットの建て直し、福祉国家への道が解決だとう考えは基本だと私も思います。それ加えて、企業の人件費カットの目的でのみ非正規雇用を考え、働く人の意欲や向上のインセンティブを奪っていることが問題だと思います。今の社会の仕組みは自助への意欲を奪いつつある。だからまずワーキングプアの問題の解消が大切です。最低賃金法改正で、賃金を上げると雇用が減る(失業者や潜在失業者が増える)という議論があり欧米ではその実証的裏づけもありようですが、働いても貧しいという状態は就労意欲を削ぐので、やはり最低賃金は上げ、それでかりに失業が増えるならそれは国家予算を使うことで公共のセーフティネットを充実させで救済し、その分は国民が負担を分け合うべきだと思います。それから正規と非正規の待遇格差を少なくし、民間のセーフティーネットもある程度非非正規雇用者に拡大できる仕組み作っていくことが必要でしょうし、これは政府の法的介入が必要でしょう。引きこもりや、ニートの若者も、実は規範意識は高くて、働かなければ成らないということが十分分かっているのに出来なくなるもの多い(井出草平『引きこもりの社会学』)と言う報告もあり、やはり働くことに希望や、意欲が、でる社会を再生するところから考え、それでもかつ貧困になる人には福祉を充実させて安心を、ということだと思います。 これが現在の日本の本当の姿なのだと!息子が東京にいます。今年上京し、息子のアパートまで歩いていくうちに若い女性がフラフラし、ビラ配りをしていました。一目で薬物中毒と分かりましたが、その50m先には交番があるのです。 |
