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豊かとは?
[ 13] 「豊かさ指数」
[引用サイト] http://www2.aasa.ac.jp/people/hitake/1.2kenronbungroup/kenyutakasasisu.htm
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昭和37年に国の全国総合開発計画が、「国土の均衡ある発展」を提唱してから、はや28年、昭和52年に神奈川県の長洲知事が、流行語となった「地方の時代」を唱えてから13年たつが、中央と地方の格差は、一人当たり県民所得で見て、昭和50年代半ばに一時やや縮小したことがあるものの、近年ではむしろ拡大する傾向にあり、「東京一極集中」とか、「東京だけが輝いて見える」とか言われる。 わが国は、高度経済成長時代に大きな経済成長を遂げ、その後も二度のオイルショックを克服し、現在の息の長い「新いざなぎ景気」まで、持続的な経済成長を堅持してきた。わが国全体としては経済的に大きく成長する過程で、相対的な地域格差が拡大してきたのであり、従って、中央に差をつけられている地方といえども、経済的に発展が停滞しているわけではないし、経済的に貧しいわけではない。実際に、わが国は統計上国民総生産で米国に次ぐ「経済大国」であり、貿易収支は世界最大の「黒字大国」であり、一人当たり国民所得は世界のトップクラスにある。 しかしながら、そうは言うものの、世界的に見て欧米先進国より日本の方が豊かだという「豊かさの実感」や「豊かさの認識」を持つ一般国民は少なく、むしろ、「生活小国」とか、「国は富み、国民は貧しい」とか言われたりする。 また、国内で一番「輝いて見える」と言われる東京でも、食料、衣料、家賃、交通費、教育費など生活費は高くつくし、通勤は片道一時間以上の「通勤地獄」があり、住宅もかってイギリス人から「うさぎ小屋」と笑われたが、昨今の地価高騰で一生働いても自分の家を持てなくなってしまった。とても言われるような「豊かさ、暮らしやすさの実感はない」という人々が少なくないのである。 従来、地域格差は一人当たり県民所得が比較され、後進地域が先進地息に追いつくための最大の政策課題は、産業開発、企業誘致であり、そのために産業基盤社会資本の整備が優先されてきた。確かに、今までのように比較的貧しかった時代には、「滅私奉公」で長時間労働に励み、「勤倹貯蓄」で消費を抑制し、住宅や生活道路、下水道、都市公園など、生活基盤社会資本の整備が遅れたり、楽しみや生き甲斐など文化・余暇活動が軽視されたり、または罪悪視されても、やむを得ないことであったかも知れない。 しかし、わが国が、世界有数の「経済大国」となり、一人当たり国民所得が世界のトップクラスとなるような「豊かな時代」となった今、そのような考え方には、多くの人々が疑問を抱くようになっている。「何のための産業開発だったか?」「豊かな暮らしをするためではなかったのか?」「地方にも良いところがある、本当に東京は暮らしやすいのか?」・・・。 このような問題意識に立って、「豊かさ」とは何だろう、豊かな時代の地域格差はどのように捉えたら良いだろう、「暮らしやすさ」「豊かさ」という観点から見ると、地域格差はどのようになっているのだろう、といったことについて検討してみた。 一般に「ゆとりある生活」「豊かな暮らし」という言い方がされるが、この「ゆとり」「豊か」という言葉は、「幸せ」とか「満足」と同じように、はなはだ感覚的なものであり、個人差もあり、もともと数値では表しにくいものである。お金は蓄れば蓄るほど良いし、暇はあればあるほど良いので、なかなか満足ということはない。経済的には貧しくとも、愛する人と幸せな生活とか、趣味・稽古事、社会活動などで生き甲斐のある豊かな暮らしということも言われる。 しかし、そう言っていては比較ができないので、人間ドックの健康診断に倣って、いろいろな角度から地域格差を測定し、『豊かさの指数』による「地域カルテ」を作成することにした。 まず、暮らしの「豊かさ」といえば、だれでも最初に、『所得』の大きさをあげよう。家計を支え、住宅の取得や老後の生活に備えて貯蓄ができ、時には大型レジャーを楽しめるような十分な所得のあることは、豊かさの最も基本的なことである。 しかし、所得が大きくても、朝から晩までずっと働きづめということでは、決して豊かとは言えまい。竹下登元首相が、自分の生活信条としている好きな言葉として、「朝に霜を踏み分け、夕べに星を戴く」と述べていたことがある。二宮金次郎の勤労精神も大切ではあるが、わが国は、海外から「仕事中毒(ワーカホリック)」「働き過ぎ」との批判を受けていることでもあり、一般国民には『時間のゆとり』も必要である。 そして、住宅や住んでいる町の生活基盤社会資本の整備も大切であるので、これを『空間のゆとり』と呼び、『所得のゆとり』『時間のゆとり』『空間のゆとり』の三つをまとめて、生活の『ゆとり』と定義した。 「豊かさ」を考える場合、この『ゆとり』だけでは十分ではない。余暇時間があっても、その過ごし方が貧しくては、豊かとは言えないからである。文化・教育、スポーツ、レジャー、社会活動など、『文教・余暇』のための利便性がどのように優れているかは、「豊かさ」を考える上で重要な要素である。 以上の通り、『所得のゆとり』『時間のゆとり』『空間のゆとり』の三要素に、『文教・余暇』『安心・安全』の二要素を加え、五つの要素で『豊かさ』を考えることにした。 このように考えると、『ゆとり』『豊かさ』そのものを示す数値は存在しないにしても、『ゆとり』『豊かさ』を構成する五つの要素には、それぞれ内容を分析すると、数値で表すことができるものがあるので、それらを指標として、それぞれの要素の水準値を推定することが可能である。すなわち、五つの要素のそれぞれについて、数値で示すことができる代表的な指標を比較することにより、『所得のゆとり』の指数、『時間のゆとり』の指数、『空間のゆとり』の指数、『文教・余暇』の指数、『安心・安全』の指数を作成し、更に、それを総合化して、『ゆとりの指数』『豊かさの指数』を作成することができる。このようにして「地域カルテ」が作成できるのである。 総合指標『豊かさの指数』でみると、第1位東京(109)、第2位富山(109)、第3位香川(106)がベスト・スリーとなった。 第1位の東京は、『空間のゆとり』の「住宅」(79)は最下位と劣るが、『所得のゆとり』(122)が第1位、『時間のゆとり』(112)が第3位、『空間のゆとり』の「社会資本」(120)が第2位といづれもトップクラスにあり、更に、『文教・余暇』(113)も第4位の上位にあるので、『安心・安全』は低位の「安全」(第41位)が足加瀬となって中位グループ(第22位)にあるものの、総合して47都道府県のトップとなった。 これらの指標から東京の人々の暮らしをイメージすると、「高所得で時間のゆとりがあり、社会資本に恵まれ、大変活発な余暇活動を楽しんでいる。医療も一応の水準にあるが、犯罪・災害など安全面は芳しくなく、住宅は最悪」ということになる。従って、『豊かさ』第1位の東京でも、すべてが優れているわけではなく、「住宅」と「安全」が大きな課題である。 『豊かさ』第2位の富山は、『空間のゆとり』の「住宅」(123)が第1位であると共に、『安心・安全』の「安全」(117)も第1位と際だって優れる。同時に『所得のゆとり』(111)と『空間のゆとり』の「社会資本」(109)と上位グループにある。しかし、『時間のゆとり』(104)は自由時間が少なく第14位であり、「安心」(第17位)および『文教・余暇』(第25位)は中位グループである。 以上から、富山の人々の暮らしは、「抜群の住宅、安全など極めて恵まれた生活環境の中で、あまり時間のゆとりはなく、余暇活動などの楽しみもせず、ひたすら真面目に働いている」ということになる。従って、富山では、『空間のゆとり』『安心・安全』が大変優れていることを自覚し、自信を持つべきであり、地域の課題は、これからの高齢化時代、余暇時代に向けて、『文教・余暇』をいかに活発化するかである。 ところで、『豊かさ指数』は東京が第1位となって、最初考えていた東京のサラリ−マンの生活実感と合わない、なぜかな、と考えて見ると、都心に住宅を持つような人達は、古くから都心に住む、言わば「先住東京人」が主体であるからである。彼等は、親譲りなどで、高い住宅費負担はなく、通勤時間は短く、文化、教育、都市機能整備に恵まれ、余暇活動が活発で、医療施設も充実しているので、実に高い「豊かさ」を享受していると考えられる。他方、東京で高い住宅費、通勤地獄、劣悪な居住環境などで苦しんでいるのは、東京近郊のサラリーマン達であり、特に近年、首都圏に移住して新たに世帯を構えた「新東京人」の暮らしは並大抵ではなく、悲惨であるとさえ言われる。 そこで、首都圏三県を総合平均して、神奈川都民、埼玉都民、千葉都民と呼ばれ、毎日東京へ通勤している350万人の首都圏サラリーマンの『豊かさの指数』を作成して見た。計算結果は、「所得のゆとり』(110)は第11位、『時間のゆとり』(89)と『安心・安全』(86)は最下位クラス、『空間のゆとり』(101)第21位、『文教・余暇』(108)第8位で、総合して第34位(99)の中の下の位置づけとなった。 実際に、昭和63年3月に東京都が実施した「生活・意識」調査で、「老後東京で暮らしたいか」という質問に対し、「はい」と答えた東京一世は、わずかに 27.5%であり、「新東京人は帰りたがっている」ということになる。東京に住んで嫌なこととして、住宅事情、自然環境、交通混雑をあげている。逆に、東京の魅力は、情報、盛り場、活気、であり、若者達は、この「3Cの神器」(Chance,Challenge,Culture)を求めて東京を目指すのではないかと思われる。 しかし、この首都圏サラリーマンの『豊かさ』の位置づけから見て言えるのは、「地方から東京へ出て豊かな暮らしができる」というのは、錯覚ではないか、ということである。豊かな「先住東京人」に仲間入りすることは困難であり、実際には「新東京人」の生活しかできない。したがって、「新東京人」との対比において、むしろ地方の良さを評価すべきである。 このように、『豊かさ』という観点から地域地域を比較すると、単純に、都市圏が優れ、地方が遅れているという類別ではなくなる。繰り返しになるが、確かに『所得のゆとり』は東京、神奈川など、都市圏が上位にあるものの、『時間のゆとり』は大分、熊本が優れ、『空間のゆとり』は富山、福井、『文教・余暇』は奈良、兵庫、『安心・安全』は高知、長崎というように、地域地域の優れた特徴が明らかになってくる。地域格差の考え方を、峰がひとつの「富士山型」ではなく、峰がいくつもある「八ヶ岳型」に転換することができる。 豊かな時代を迎えて、これからの地域開発の新しい目標は、暮らしやすい、「豊かな地域づくり」となる。地方は、従来のように「一人当たり県民所得」の格差のみに目をうばゑ割れ、いたずらに劣等感にとらわれるべきではない。それぞれの地域の優れている点を「優れている」と正しく評価し、自信と誇りを持って、自分達の手による自分達のための地域づくりに取り組むべきである。今回の『豊かさの指数』による「地域カルテ」が、有力な手掛かりになることを期待したい。 |
[ 14] 豊かさの本質
[引用サイト] http://www1.ttcn.ne.jp/~turu/6yutakasanohonsitu.htm
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あなたは、幸せになるには「何か必要なものがある」と考えてはいらっしゃいませんか? 子供の寝顔を見たときとか、優しい彼に抱かれたときとか、輝く夕日に接したときとか、人が幸せを感じるきっかけは実に様々あるようです。 人は誰でもそういう外的な刺激をきっかけとして喜びを感じます。しかし人が幸せを感じるのに、必ずしも外部からの刺激を必要としているわけではありません。悦びは、あなたが感じる事を選択した時、あなたに訪れます。あなたが感じようと決めた時に悦びはやってきます。そのことにどんな外的要因も必要ではありません。幸せを感じたい理由は、あなたがそう感じたいからに他なりません。他にどんな理由も必要ではありません。あなたはどこにいても、誰といても、どんな外的現実の中に生きていても、自分の内側深くに降りてゆき、「私は幸せだ」と思った時、あなたに幸せ感が訪れます。 人はこのことを実感体験したとき、もう他人を自分の望みのために制御しようとしなくなります。他人の言動から自由になります。他人を気にしなくなり、他人の感情から自由になります。他人をあるがままにそのまま受け入れられるようになります。永遠の至福の瞬間をかいまみます。あなたはどんな状況にあっても、自分の感じたいように感じることが出来るのだという事実を決して忘れないで下さい。これを疑わず、どの瞬間にもこの事を思い出して欲しいのです。 今、現にあなたが苦しみのさなかにあるとしたら、それは今、あなたの三次元人生ゲームの渦の真中に意識が拘束されている状態にすぎない事を思い出し、目をとじ、ゆったりとした深呼吸をして、あなたの、深い大いなる意識の中へ降りてゆき、豊かな変わることのない観察者としての自分の本質に立ち返って下さい。あなたの幸せは、外界に現れたその形で決まるわけではありません。三次元世界に現れているのはただの結果にすぎません。あなたが生み出した形は必ず崩れさるものです。そんな幻影にあなたの夢を託してはなりません。 平和は反戦運動という闘争から生まれる事はありません。環境汚染は、その汚染原因を批判したところで浄化されるわけではありません。争いは欠乏感から起こり、欠乏を信じている人が自然から多くのものを奪おうとします。自分が豊かである事を信じられる人は、人を労り貢献しようとします。そして、他人に何かを期待せず、自らが産み出せる創造をこそ楽しみます。自分は豊かであるという思いが原因となり、豊かなエネルギーを生み出し、資源の枯渇を押さえ、地球環境を回復し、人々の争いをなくします。 真の豊かさは、我々人間一人一人の、思いによってのみ決まります。自分は円満で欠落したところのない、まん丸な豊かな存在であることを信じることで、全ての物質的欠乏が解決されることを認識しましょう。「これさえあれば幸せになれるのに」と考えている人は、その意識下に「これがない限り幸せにはなれない」という思いを抱いています。そしてその思いこそが幸せになれない現実を自らに引き寄せます。 あなたに豊かさをもたらす唯一で最大の要因は、あなたの欠落感のない豊かな心だけです。豊かになるとは実はこんなに単純で簡単なことなのです。ただそのことを信じようとしない多くの人達がいることも知っています。努力もしないでそんな簡単に豊かになれるはずがない、というあなたのDNAに染み込んだ、古い強力な先入観念がそうさせていることを知っています。 でも私は断言します。豊かさとはあなたの選択によるものであることを・・・。あなたのまわりには豊かさと貧しさの二通りしかありません。そしてあなたが豊かであるかそうでないかは、あなたの選択によってのみ決まるのだということを信じてみていただきたいのです。もし今あなたが心豊かでなかったとしたら、それはあなた自身の深い意味での選択であったことを認め、これからはただ自分自身に、自分が豊かに生きることを許し、自分はもともと豊かさそのものであったことを受け入れればよいのです。 必要なことは、あなたが感じられる最高の悦びを感じることを自分に許し、最高の幸せ感の中で人生をおくりたいということを選択し続けることです。 人は「ユートピア」と聞いて胸が躍ります、「理想」という言葉を聞いて血がたぎります。そして人はこの理想を求め、乞い願い、それを実現させようとして戦い続けてきました。理想は、ユートピアは、その形にあるわけではありません。社会主義国家であるとか、自由主義国家であるとか、形はどちらでもかまいません。現実の形には意味がありません。 我々一人一人が、理想そのものとして生きるときに、理想社会が実現されます。人を愛し、自然を愛し、愛そのものとして生きて行く過程に、あなたの廻りに現れる現象が理想社会です。ところが理想的な形を求めだした時、人は自分の理想観となじまないものの排除に意識が向かい、ここから葛藤が起こり、その緊張が理想を遠ざけます。三次元世界のパラドックスです。 あなたの理想を外部に求めてはなりません。理想を他人に使ってはなりません。地球の環境浄化は、あなたの心を完全浄化したときに起こり、世界平和は、あなたの心の中に平和が達成されたときにのみ完成されることとなるでしょう。自分一人で世界平和なんか達成できないという誤解をもう捨て去るときです。世界平和は、地球浄化は、あなたたった一人の意識の変容によってのみ完成されます。それを他の誰かに求め始めたとき闘争が始まります。 人々の心が無心になったとき、その象徴として人類は超伝導フリーエネルギーを手にすることができると伝えられました。真の豊かさはもうすぐそこです。それを手にする主役は他の誰でもありません。今これを読んでいるあなた自身です。 |
