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全責任とは?
[ 55] 全責任を負う決意
[引用サイト] http://www2s.biglobe.ne.jp/~SHUJI/books/sekinin.htm
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この「自分はいかになろうとも万民を助けたい」という天皇の気持ちは戦後も一貫している。そしてご自分一身で戦争の全責任をとろうとされていた。例えば、連合国軍最高司令官マッカーサー元帥との会見で、天皇がその気持ちを伝えられたということは有名な話として広く知られている。両者の会見は全部で十一回行われたが、特に天皇がこの気持ちを申し出られた昭和二十年九月二十七目の第一回会見が最も注目される。実はこうした会見内容は互いに他言しないことになっていた。それでも通訳のメモを侍従長が目を通して天皇に提出したとか、あるいはマッカーサー元帥のほうが日本人にもらしたり、回想記に書いたりして、いろいろな形でその一部がわかってきた。『天皇語録』には次の三つの内容で、第一回のマッカーサー元帥との会見での天皇の発言が掲載されている。 (1)敗戦に至った戦争の、いろいろの責任が追及されているが、責任はすべて私にある。文武百官は私の任命する所だから、彼等に責任はない。私の一身は、どうなろうと構わない。私はあなたにお委せする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい(『侍従長の回想』一七三ぺージ)。 (2)私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私白身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためにおたずねした(『マッカーサー回想記』(下)一四二ぺージ)。 (3)自分は今度の戦争に関して重大なる責任を感じている。従って絞首刑も覚悟している……又皇室財産は司令部の処置に任せる……自分の一身はどうなってもよいから、どうか目本国民をこの上苦しめないで貰いたい……(『天皇秘録』一一七ぺージ)。 それぞれニュアンスは違うが、主旨はほぼ一致している。また、この内容は、昭和三十年に、当時の外相重光葵氏がマッカーサー元帥から直接聞いて、読売新聞に掲載した内容とほぼ一致する。さらに昭和二十三年十一月に、極東軍事法廷のキーナン検事が天皇の不起訴理由を発表した中で次のように述べている。 証拠の示すところによれば、……天皇が終始、平和を望んでいたことは、はっきり証明されている。……マ元帥が余に語ったところでは、天皇は、証人に出廷したら、我々が証拠によって見出した天皇に有利な事実をすべて無視し、目本政府のとった行動について、自ら全責任を引受ける決心があったという。 マッカーサー元帥がキーナン検事に、天皇は自ら全責任を引き受ける決心だと語っていて、やはり右記のような天皇の申し出の内容を裏付けている。 このように天皇はマッカーサー元帥に、一身を投げ出して自ら全責任をとることを申し出られた。しかもそのときでも「この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい」と申し出られるなど、国民のために最善の努力を尽くしておられたのである。 こうして結局天皇は、ポツダム宣言にもとづいて連合国の意向と日本国民の意思に、身をゆだねられたのである。 |
[ 56] 全責任を負う指揮者の人生は苦労の連続:NBonline(日経ビジネス オンライン)
[引用サイト] http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070705/129140/
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ロシア作品を得意とし、近年チャイコフスキーやラフマニノフ、ショスタコーヴィチなどの演奏と録音で国際的に高い評価を得ている指揮者、ドミトリー・リス氏が5月に東京国際フォーラム(東京・有楽町)で開催された「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2007」に参加するために来日した。 マエストロ・リスとともに来日したのはウラル・フィルハーモニー管弦楽団。1934年にスベルドロフスク放送管弦楽団という名称で創立され、1992年に現団体名に改称された長い歴史を誇るオーケストラだ。ロシアのウラル山脈の西に位置するウラル地方の中心都市、エカテリンブルクに本拠を置き、旧ソ連時代は西側に紹介される機会もなく、「幻のオーケストラ」とも言われていた。 「そうなんです。このオーケストラは以前、演奏する場が限られていましたので、なかなか西側の人々に聴いていただけなかった。私が芸術監督に就任したのは1995年ですが、それから徐々に様々な改革をしてきました。今は欧米にも演奏ツアーができるようになり、こうして日本の聴衆の前でも演奏できるようになったわけです」 リス氏がオーケストラとかかわるようになって最初に行ったのは、レパートリーを広げること、いい楽器を手に入れること、そして楽員の給料を上げることだった。 「エカテリンブルクの市長をはじめ国際的なビジネスを行っている人や重要なポストに就いている人、音楽に興味を抱いてくれる富裕層などに働きかけ、資金を集めました。短期間で国の予算が50%、個人と民間の予算が50%というオーケストラの基本的な予算構造が出来上がり、全員の給料もロシアのビッグなオーケストラと肩を並べるまでになりました。それから現在まで、私の挑戦は続いています。政治家や役人とも交渉しますし、あらゆるところに出向いてオーケストラの資金集めに奔走しています」 すべてはいい演奏を生み出すため、いい音楽を人々に提供するためと明言するリス氏は、モスクワ音楽院で著名な指揮者、ドミトリー・キタエンコ氏に師事しているが、自分の目指す演奏を生み出す多くのすべを彼から学んだという。 「キタエンコ先生は指揮者に必要なすべてを教えてくれました。テクニックや表現力などはもちろん、指揮者の人生で何が必要か、どんな可能性があるのか、自分は何をすべきかを教えてくれたのです。最も印象に残っているのは、自分の仕事に責任を持つということです。指揮者として100人を超すオーケストラのメンバーの前に立った時、その音楽のすべての責任は指揮者自身が担うということを忘れるな、ということです。成功する時はもちろんうれしいのですが、失敗した時に、オーケストラのせいにしてはいけない、自分が責任を取れとね」 リス氏は何度も「指揮者の人生は苦労の連続ですよ」と口にした。音楽面だけを考えるだけではなく、オーケストラのすべてにかかわっている彼は、毎日新たな挑戦が目の前に突き付けられるのだそうだ。 「でも、幸いなことに、ウラル・フィルには素晴らしいディレクターがいるのです。彼はアメリカのシカゴ交響楽団でマネージメントを学び、アメリカの仕事の進め方をロシアで実践に移した。それが私たちのオーケストラです。これはモデルケースとしてロシアの他のオーケストラの手本にもなっています。ロシアは今刻々と変わりつつあります。もう昔のやり方では世界に通用しません。新たな方向を目指さなければ、時代に乗り遅れてしまいます。演奏だけがよければいい、という時代は終わったのです。プロフェッショナルなオーケストラはどうあるべきかが問われる時代なのです。レコーディングを積極的に行うようになったのも、楽員の意識を高めること、集中力を養うこと、指揮者とオーケストラとの信頼感を強くすること、そして経済的な基盤をしっかり確保すること、といろいろなことが含まれているわけです」 そんなリス氏の指揮は、踊るような激しい動作が特徴で、指揮姿は見ていて飽きない。どこから手が出てくるのか分からないと思うほどフワッと急に手が現われ、それがオーケストラへの指示につながり、両足も一瞬たりともじっとしていない。常に動き、ダンスをしているようで、指揮台から落ちそうになる。 次ページ以降は「NBonline会員」(無料)の方および「NBonlineプレミアム」(日経ビジネス読者限定サービス)の会員の方のみお読みいただけます。ご登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。 今日より明日、明日より明後日の方がいい演奏ができるよう、精いっぱい努力する (07年6月14日) 音楽家になれるのは一部の才能に恵まれた人だけ。そう思いがちだが、実際は想像を絶するような厳しい練習と勉強をかさね、人知れぬ努力を惜しまないのが音楽家の本来の姿だ。彼らがどんな思いで演奏会にのぞみ、音楽によって何を語ろうとしているのかをこのコラムでは紹介する。 音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社勤務、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、1989年フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌などにも記事を執筆。アーティストへのインタビューの仕事も多い。著書に『ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト』『ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語』『魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー わが真実』などがある。近著に『北欧の音の詩人 グリーグを愛す』(ショパン刊)がある。2007年はグリー 音楽家になれるのは一部の才能に恵まれた人だけ。そう思いがちだが、実際は想像を絶するような厳しい練習と勉強をかさね、人知れぬ努力を惜しまないのが音楽家の本来の姿だ。彼らがどんな思いで演奏会にのぞみ、音楽によって何を語ろうとしているのかをこのコラムでは紹介する。 音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社勤務、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、1989年フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌などにも記事を執筆。アーティストへのインタビューの仕事も多い。著書に『ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト』『ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語』『魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー わが真実』などがある。近著に『北欧の音の詩人 グリーグを愛す』(ショパン刊)がある。2007年はグリー 日経BP社 会社案内 ― 個人情報保護方針/ネットにおける情報収集/個人情報の共同利用 ― 著作権について ― 広告ガイド |
